校訓・校章・校歌
校訓 昭和38年10月1に本校設立認可の際、湯地宏初代校長は 天草出身の本多正初代教頭を「温厚」「勤勉」な方だと感じ、1年後の昭和38年10月1日、校訓を「温厚」「勤勉」の2語に制定しました。2期生の入学時までは校訓は「温厚」「勤勉」でした。
翌39年6月、熊本大学武藤光麿教授に校歌の作詞を依頼しました。校歌の1番に「温厚」3番に「勤勉」が入り、その際に武藤教授は「誠実」を2番に挟んだことから、校訓は「温厚」「誠実」「勤勉」の3語となりました。 昭和43年5月、高山静也3代校長によって「温和にして情誼に厚く明るく気品のある態度は世人に敬愛される人格の基である。」「誠意を尽くして事に当り真摯にして実直、責任感の強いことは信頼をかちうる基である。」「勤労を愛し創意と工夫につとめ最善をつくして悔いなき日々を送ることは人生を意義あらしめる基である。」という注釈が付けられ、これが現在まで至っています。 | ![]() |
校章 昭和37年11月、業者数社から校章の見本が到着し、職員で会議したが決まりませんでした。そこで、天草郡市内各中学生を対象に校章を募集し、応募作品数472点中、当時本渡中学1年の規矩薫氏考案の校章を採用することに決定しました。 |
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校歌 昭和39年、熊本大学武藤光麿教授に依頼し、作詞・作曲を依頼、その6月に完成したものです。当時の校訓「温厚」「勤勉」をそれぞれ歌詞の1節・3節に入れ、バランスをとるために2節に「誠実」の項を挟み、体裁を整えたそうです。また、各節の前半には、本校から見た景観が紹介されており、後半には、生徒の指向する未来への「夢」「希望」「幸福」が歌いこまれています。当時としては、明るく詩情に溢れた歌詞となっています。 |
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